<月食の宴>
知る人ぞ知る「猫の集会」は都市伝説化していて、話に聞いたことはあっても実際に見たという人間はまずいないと思う。当の猫自身がこの集会についてわかっていないことがあるくらいなんだから。たとえば集会に際し、とくにお触れが回ったりとか、打ち合わせていうのじゃない。昔からいつの何時何分、どこでと決まっているわけでもない。なかば突発的に、そう、ある種テレパシーみたいに皆がピピッと感じとって集合場所に集まるんだ。それが本能からくるのか、ほかのもっと違う力がはたらいているのか、そこらへんの事情も僕らにはわからない。いずれにせよ、「その時」はいつも唐突に訪れる...。
今回の集会は月食の晩だった。場所は...これは誰にも言ってはいけない仲間内の決まりだからここではいえない。もちろん人間家族にも知られたことはない。そうそう、こんな話がある。ある日、その猫は例によってピピッと感じて家をでた。ところが飼い主がコッソリあとをつけてきたという。猫の集会の都市伝説を信じている人間は結構いるのだ。 でもその猫はわざといろいろなところに寄り道して飼い主をうまく巻くことができた。で集会にも間に合った。
もし、うまく追跡をかわせなかったらって?そんな時は猫は集会に参加はしない。これも重要な決まりごととして僕らは守ってきた。だから「猫の集会」をみることは人間さんたち、まず無理と思ったほうがよいよ(中にはドジを踏む猫もいるから絶対とはいえないんだけど)。
はなしを元に戻すと、月食の晩、突然ピピッときて僕とマロンは店をコッソリ抜け出し、寒空の下、集会場所へむかった。月食の日の集会は「宴」とよばれる特別な集まりで、僕とマロンには初めての体験になるので興味津々だった。
ほの明るい集合場所に着くとすでに数匹の猫がいて、みな一様に月の方向を仰ぎ見ているのがみてとれた。僕たちは恐る恐る近づいていった。すると僕たちの存在に気づいた一匹が、天を仰ぐその姿勢のまま、「月食の宴にようこそ。新参者くん」といった。
他の猫たちが一斉に僕たちの方を振り返った。よくみると顔見知りの猫が何匹かいる。みな僕たちを見て二ヤついていた。まあ、歓迎はしてくれているみたいだ。
僕たちの到着がきっかけになって、皆が車座にすわり直した。あとは思い思いに「にゃ~」とはなしたり「フンガ」と相づちをうったり。
しばらくすると、一匹のトラ猫が遠くから近づいてくるのがみえた。そのトラさん(と呼ばしてもらう)は小走りに輪の中にはいってきて、口にくわえていた何やらひょうたんらしきものを地面に置いた。皆の視線がいっせいにひょうたんに注がれる。
「ごめんにゃー。お待たせしたにゃー。」トラさんはペコリペコリ皆に頭をさげながらも再びひょうたんを取り上げてなにやら拝むようなしぐさをした。そしてひょうたんの頭付近にある注ぎ口の栓をあけた。すかさずその足元に、誰かが陶器の小皿(どこで失敬してきたんだ?)を置いた。トラさんがおもむろにひょうたんを傾ける。注がれたのは透明な液体だった。
みな一斉に「にゃおお~ん」と鳴いたかと思ったら急にソワソワしだした。
すると輪の中の最長老らしき(なにしろその髭の長いこと長いこと)黒白のブチ猫がしゃべり始めた。
「ではお集りの皆さん、これより月食の宴を開催しようと思う。ここにトラが持ってきたのは秘酒...われわれ猫族の大好物のマタタビ酒じゃ。古参には知ってのとおり魔酒でもあるからして、必ず一匹一舐めの決まりを守り楽しい宴といたしましょう!」
挨拶が終わるか終わらないかのうちにマロンが小皿に突撃しペロペロとやりだした。
つぎの瞬間、マロンは大勢に頭を押さえつけられてしまった。
髭の長老がいった。
「やれやれ、今いったじゃろうに。この決まり事はお主たち自身の命にかかわるからこそあるのじゃぞ」
マロンはわかったのか酔っ払ったのかみゃあみゃあいっている。
「お主の兄弟らしいな。ちゃんと指導するように。」
僕はマロンの尻尾をくわえたまま車座に加わり、マタタビ酒の順番を待つことにした。それにしてもマタタビが害になることがあるとは...。世の中わからないことばかりだ。
でも、月食の下で行う集会、「宴」の雰囲気は悪くなかった。神秘的で、幻想的で、わからないなりにも何かを悟ったような気になる。
皆の「一舐め」を観察していてわかったことがある。一舐めの作法に決まりはないってこと。何度も匂いを嗅ぐものもいれば、喉を鳴らす者もいる。よだれをたらしままま皿に近づくやつもいて、僕は「そいつは一番最後にまわせ!」といいたかったけど、みな黙って他者の一舐めをながめていたので僕もそうせざるをえなかった。それだけは不満。
一舐めしたあとの猫たちは目がトローンとなってみな幸せそうだった。気のいい猫ばかりだ。
僕の番がきた。マロンを隣の猫にまかせて輪の中央に歩みでる。なんかドキドキするにゃあ。小皿に顔をちかづける。スッと息を吸って、そして香りを確かめ、ほどなく舌をだしてペロッ。
次の瞬間、クラックラッしてグルグルして...ドキドキして...ボーッとして...。
気がつくと僕は店の座布団の上にいた。...マロン!
マロンは椅子のうえで毛繕いをしていた。のんびりといつもとかわらず。
僕は酒に酔ったのか?それとも夢をみていたのか?
いまだにマロンには確認していない。月食の晩の不思議な出来事として、その余韻を僕はしばらく味わっていたい...。
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